静岡地方裁判所 昭和33年(行)14号 判決 1958年11月11日
原告 太田丑太郎 外一名
被告 静岡地方検察庁浜松支部検察官
主文
本件訴を却下する。
訴訟費用は、原告らの負担とする。
事実
原告ら両名は「一、静岡地方裁判所浜松支部昭和三十二年(あ)第三二二三号詐欺、物品税法違反被告事件につき、被告検察官のなした起訴を取消す。二、被告検察官は原告らがその肩書宗教法人の目的としてなす行為につき、原告らに干渉する権限のないことを確認する。三、訴訟費用は、被告の負担とする。」旨の判決を求め、その請求の原因として、原告らは何れも、その肩書宗教法人の特殊代行委託者であり、専ら、右宗教法人の主管者である中国人李明俊の事業の委託に基いて行動しているものである。従つて、日本刑法に違反することはあり得ないのに、被告検察官は原告らを静岡地方裁判所浜松支部に詐欺、物品税法違反の罪で起訴した(同庁昭和三十二年(あ)第三二二三号)。原告らは右に述べたように個人として何ら事業を行つたものでないのにも拘らず、被告が原告らを個人として起訴したのは違法であるから、右起訴の取消しを求めるものである。
なお被告検察官には、宗教法人の事業の執行について干渉する権限はないものであるから、被告は原告らが右宗教法人の目的としてなした行為につき干渉する権限のないことの確認を併せて求めるため本訴請求に及んだものである。と述べ
被告指定代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として、本件訴は、被告のなした起訴処分が違法であるとして、行政事件訴訟特例法により右処分の取消を求めるもののようであるが、そうすると本訴はそれ自体裁判所の裁判権に属しない事項を目的とする不適法な請求である。即ち公訴権は原則として刑事訴訟法第二百四十七条により検察官に専属し、検察官は事件が告訴、告発、その他請求によると否とに拘らず、その自由裁量によつて事件の起訴、不起訴を決定する権限を有するものであつて、右権限の行使に対しては検察審査会による審査乃至刑事訴訟法第二百六十二条以下に規定する場合を除き裁判所といえども、これに制約を加えることは許されないものである。従つて本件訴は却下さるべきものである。と述べた。
理由
原告らは本訴請求の趣旨第一項において、被告検察官のなした起訴処分の取消を求めるので、先ずこれが許されるか否かについて判断する。
検察官のなすところの公訴の提起、即ち起訴は、いうまでもなく、検察官の公訴権の行使として裁判所に対する当該被告事件について実体的審判を求める申立であつて、その性質は事件につき刑事訴訟手続を開始するための訴訟行為として、訴訟法上の効果を附与されたものである。而して公訴の提起は原告である検察官の訴訟追行の上における訴訟対象の設定行為であり、以後の手続はこの訴訟の対象に向けられた検察官と被告人の攻撃又は防禦により進行するものであつて、検察官において公訴提起の時に公訴権がないのに公訴を提起した場合、即ち公訴提起が不適法且つ無効である場合には、裁判所は形式裁判によつて手続を打切らなくてはならないし、更にまた審理を遂げた上、被告事件が罪とならないとき、又は被告事件について犯罪の証明がないときには、被告人に無罪の言渡をしなければならないこと、何れも刑事訴訟法に明定するところである。かようにして検察官の公訴提起行為は、爾後の当該刑事訴訟手続内部において、その適法不適法乃至有効無効が判断され、それ自体を別個独立の手続によつて判断すべき事項でないことは明らかである。本件において、原告らは検察官の公訴提起を攻撃しているが、右のように起訴は訴訟行為であつて、行政事件訴訟特例法にいう行政処分ではないし、又起訴に基く、当該訴訟手続を離れてその適法、不適法を判断さるべきものでもないから原告らの右請求は、訴訟の目的とすることの出来ない事項につき裁判を求めるものであつてその不適法であること言を俟たない。
次に請求の趣旨第二項について考えるに、民事事件又は行政事件として訴の対象となるためには具体的な権利又は法律関係の存否につき当事者間に争のあることが必要である。しかるに原告らの請求はそれ自体具体的な権利又は法律関係の存否を主張し、これの確定を求めるものでなく、検察官に一般的な不作為義務があること或は抽象的に検察官に権限のないことの確認を求めるものであるからそれが確認訴訟として法律上許されないものであることも明らかである。
よつて、原告らの訴はその余の点について判断するまでもなく、不適法であるから、これを却下することとし、訴訟費用につき、民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 大島斐雄 田嶋重徳 浜秀和)